咳をしても一人

2019.11.12(TUE)

突然頭の中に「咳をしても一人」の句が現れた。既有知識ではあったが、突然出現した。「あーわたしこれだ」と思う。何か自分のこと(自分の「さびしき心」)を考えている(というか思い浮かべている)最中、たぶん脳内思考の文末表現がこうなった。勝手に脳が記憶から引用してきたみたい。

というのが先日あり、ますますわたしのこの気持ちは強化されていくような感じで、先ほど「これなんだっけ」とググってみたら尾崎放哉の句だった。つか尾崎放哉って誰だっけ?早稲田の第二校歌にもなってる「人生劇場」の人?→尾崎士郎。文学者の言文一致の人は誰だっけ?→尾崎紅葉。んー尾崎放哉の本名が「尾崎秀雄」?なんか聞いたことあるような?→尾崎行雄(憲政の神様)。関係ないけど15の夜?→尾崎豊

ちょいと整理します。してるうちに入らないけど。

みんな同じような時代の人だなぁ。そいでもって初志貫徹、尾崎放哉について調べてみる。放哉は41才で亡くなったとのこと。わたしは今41になろうとしている。「咳をしても一人」は晩年の作とのこと。ぎゃー!今のわたしだ。わたしも咳をしても一人!

んで、見ているうちにウケるサイトがあった。その名も「尾崎放哉の笑える俳句」。下記がそのサイト。

上記のサイト読んでたら、もの悲しい「さびしき心」でいたのに、一人喫茶店でヌハハハハと幾度も笑ってしまった。ウケる。もっと読みたくなったので早速本を購入した。→

本記事はただそんだけの話。心に動きがある時に何か書きたくなる、ってだけ。ちなみに「さびしき心」というのは石川啄木の

「浅草の夜のにぎはひに まぎれ入り まぎれ出て来し さびしき心」

という句からの借用で、先週の「中国詩/和歌」の朝活の時に、某学生が持ってきて鑑賞した句。これもこれでその後脳内リフレインしていてたまらない。