天皇陛下大いに笑う

2019.05.02(THU)

昨日、新天皇関連のテレビを昼ごはん中に父上と見ていた時のこと。

多くの人が「信じられない」と口にして止まないが、実は私は家の中では寡黙の権化であり、そしてまた父も寡黙の権化であり(それも多くの人が「信じられない」と言っているよう)、寡黙の人間が2人一緒にいても、それは互いに寡黙であってそれ以上のものはなく、共にご飯を食べていてもほぼ会話は無い。本当に時々の時々話す。というくらいの関係なのだが(とは言え周知のようにいつもお弁当を作ってもらっている。朝起きると既に机の上にお弁当がある。娘はそれをinstagramに専用のハッシュタグを作っていつもアップロードしている。当然父はそのことを知らない。筈。)、父は昭和一桁、ある意味歴史の証人であり、時々私は質問する。

「今でこそ天皇ってテレビ出るけど、昭和天皇って出てた?」

「出てた。もちろん戦後の話だけどね。ある時サトウ・ハチローだとか徳川夢聲だとかが天皇陛下を呼んでテレビで座談会やって、天皇陛下はゲーラゲラ笑っていた。こっちは天皇陛下なんて玉音放送で何言ってんだかよく分からないようなもんだったから、あれは面白かった。サトウ・ハチローってのは作詞してたりとかだな。徳川夢聲ってのは無声映画で声を吹き込んだりする。活弁だ。」

「徳川家?」

「芸名。あの番組は面白かった。あーだとかこーだとか話したい放題べちゃくちゃ話す番組で。当時の芸人というのは教養も深かったから聞いているのは面白かった。それでそれを見ていた昭和天皇が『会いたい』と言い始めてこの番組になったらしい」

と聞いてスマホで検索。昭和24年の文藝春秋にその鼎談が収録されている。

「辰野隆って人もいる」

「そうそう。この人も面白くてね。」

調べていくと「天皇陛下大いに笑う」という文藝春秋の記事は好評でその記事自体が文藝春秋の発行部数を伸ばすきっかけとなったらしい、ということが分かった。天皇が現人神から人間化していく世の現れだろう。そして2007年にはそれまでの文藝春秋の面白記事がダイジェストになって出ていて、その冒頭としてこの「天皇陛下大いに笑う」が収録されている。「もう一度読みたい あの記事あのエッセイ 「文藝春秋」昭和・平成傑作選 雑誌– 2007」。900円。すぐにAmazonで買った。

ところが、肝心の「昭和天皇がテレビに出ていた」という情報がインターネット上に全く見つからない。あるのは文藝春秋の記事のみ。父の記憶錯誤だろうか?でも「ゲラゲラ笑っていた」と恰もそれを見たかのように言っている。もしあるなら格調高きの権化の天皇という人がゲラゲラ笑う姿を見てみたい。引き続き情報を探す。

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わたしは別に天皇主義者ではないし、逆にアンチ天皇制を言っているわけでもない。天皇制について深く考えたことはない。あまり強い意見がない。ただ、歴史を背負わされて生まれてしまっている人の生き方・生き様に興味があるだけ。その人自身を知るようになって初めて何か思いが発生してくるような気がする。その意味では平成の天皇は断固として平和主義者であったし、膝を付いて被災者と話をしていたり、皇居では自主計画停電をしていたりしていたように、徹底した国民主義者であった。ように見える。タイのプミポン国王もそうであった。ように見える。わたしは国家制度としての「主義者」ではないけれど、平成の天皇&プミポン国王のファンなのだと思う。その立場として何をなすべきか(mission)、何ができるか、ということをよりよく知っていて、自身のライフワークとして(passion)行動していた(action)。ように見える。

昭和天皇に関してはよく知らない。経験としての記憶があまり無い。だからファンとしての感情は出て来ない。今度の新天皇に関してはファンキーな逸話をチラホラ耳にするので、とても楽しみである。新天皇、ブログとかtwitterとかIGとか始めたらフォローしちゃう。


参考

ところで最後の儀式のシーン、ちょっとじーんとしちゃった。松の間を出る時、振り返ってた。