尺八

2019.01.10(THU)

2011年7月24日に書いたメモ。ちょっと残しておきたいので、コピペ投稿しておく。

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尺八とは明治前は普化宗という宗教のひとつであった。禅寺とかがある。虚無僧が妖しいへんな竹のヘルメット被って、そいで袈裟みたいなの着てるヤツ。んで、時代が明治になったら薩長の明治政府がやたら反徳川と言って、なんでもかんでも目の敵にして「尺八も吹くな」とまで言うようになった。なぜなら見た目が超怪しいし、虚無僧は尺八拭いて、いろいろ旅ではないが日本全国歩いて回っていたので、隠密者というか、スパイの可能性があったわけで、明治政府は超神経過敏になってそれらを滅ぼしたかったのである。しかし荒木古童とか吉田一調という人が「つぶさないで 音楽としてやるから」と嘆願してそいで尺八が日本の音楽として生き延びるようになった。

普化宗であったならそれだけでお経なわけであって、お経を読む代わりに尺八を吹く。それであればお琴や三味線などと合奏することは無い。尺八だけの曲を「本曲」といい、お琴や三味線が一緒になったものを「外曲」と言うそうだが、そもそものこの区分は、「つぶさないで音楽としてやるから」と言った後に、音楽としてやる尺八であるのか、あるいは元々の尺八ルーツ的な尺八なのかを、普化宗側から分けたものであるに過ぎない。

尺八は昔、中国から来た。では、いつ日本に来たのか?それは知らないが、いわく、正倉院の御物で聖武天皇のものが数本あるそうだ。でも今の物とは穴の数が違う。

東大寺の大仏殿の前の青銅の灯篭にも天女が尺八を吹いている図があるそうだ。この頃もお経としての尺八であったのだろうか?

室町の一休さんのころになると虚竹禅寺というお寺ができている。


ところでタイの楽器にも尺八に似たものがある。しかし、それは穴の数が違うし、吹くときに加えているので日本のとは全く異なる。ただ、タイの伝統的な楽器には、日本の雅楽で使われてる楽器「篳篥(ひちりき)」や「笙(しょう)」に似た楽器がたくさんある。雅楽が昔の中国の音楽がそのまんま、ってこと考えると、東南アジアのそういう楽器とも実は親戚関係にあったりするんじゃないか、って思う。