會津八一と高田早苗

2019.03.17(SUN)

早稲田大学本キャンの大隈銅像の右手にある2号館とは、かつてわたしが知らない時代には図書館であったところであり、現在は會津八一記念博物館という文化施設である。この博物館は會津コレクションが今となっては「保管」「展示」されているところである。「保管」「展示」。會津先生がコレクションしたその目的は果たしてそうであったのか。現在においては来館者が鑑賞するようなものとなっているが、そもそも會津コレクションとは、會津先生が自分の授業で学生たちに実際に見せて触らせてそこから物に宿る諸々のことを学び取らせるために自分のお金で買い蒐めていた物である。會津先生は実物なくして授業はできないと考えていたという。実物があってはじめてそこに論が成り立つ。會津博物館の階段を上がったところにある加藤諄(會津八一の弟子)先生筆の扁額「実学論」はそのことを表している。私が実際に経験しているところで言うと、その潮流にいる内藤先生の博物館実習の授業も、茶道の稽古も正にそうであった(る)。

會津先生は言わずもがな、書家であり、東洋美術、奈良美術研究の人であり、早稲田の美術史を作った人である。私は幸せなことに、會津先生にたいへん近い内藤先生というところでいろいろと学ばせてもらっている。趣味的活動にしては恵まれすぎている。今日も内藤先生宅庵で『會津八一題簽録』をパラパラと読んでいたところ(私もこの本をかつて頂いて持っているのだが)、大きな発見があった。

その発見というのは、會津先生は、高田早苗と親交があったということだ。高田早苗も言わずもがなであるが、大隈重信の腹心であり、早稲田の政治学を作った人物である。私にとって高田早苗という人は、社会科学研究科の時の研究分野 、カントを中心とした平和の政治思想史、として興味・関心がある人である。高田早苗は、ウィルソン大統領の『The State』を『政治汎論』と訳した人物であり、後に第一次世界大戦の講和条約の14ケ条の一つとして国際連盟樹立を提唱したウィルソンの萌芽的政治思想に着目し、広くその思想を日本に広めたという観点から言っても極めて重要な人物である。周知の通り、国際連盟というのは、それがたとえ日本の脱退に始まりその構想が失敗に終わったとしても、近代の世界政治システムが主権国家体制となったことにより起こるようになった国家間戦争というものを回避し得る一つの人為的努力である。国家間で争い事が起きるのなら、それを超越する連合体があればいい。当時ウィルソンはアメリカの大統領としてこのベルサイユ条約に臨んでいたわけであるが(英:ロイド・ジョージ with ケインズ、仏:クレマンソー)、そもそもウィルソンは政治家ではなく学者であった。そしてウィルソンはこの国家連合体の着想をカントの『永遠平和のために』から得ていたのである。哲学は墓場の向こうの世界にある物ではなく、現実化されるべく語られているのである。国際連盟は国際連合となり、今もなお世界の平和を構築しようと存在している。

私は、會津八一は美術史、高田早苗は政治学、と同じ早稲田であっても、脳内の違うところにいた。脳内では全く繋がっていなかった。それが、2人は親交があり、親しかったという。高田早苗の夫人が前島密の長女であったということが主にその『會津八一題簽録』のページのポイントであるのだが、私にとっては前島密の件よりも、會津八一と高田早苗の繋がりを知ったことの方が衝撃は大きかった。

いかに昔の人は自分の専門とは異なるいろいろな分野にまでも造詣があったか!あまりにも教養深すぎる。一つのことに秀でているようであっても、それだけでなく、他のこともよく知っていて繋がっている。人間のレベルが半端ない。會津八一と高田早苗だけでなく、先日読んだ會津八一の弟子、安藤更生(内藤先生の先生)の人生の『安藤更生 年譜目録』という本には、安藤更生はアナキスト辻潤と深い交流関係にあったと書かれている!これまた脳内で全く繋がらなかった!あまりにも意外すぎた。しかも「年少より尊敬したる父の弟子、大杉榮と相識りたるは余が人生を決定的となしぬ。これよりアナキズムを奉ずること、終生かはることなし。」とも!なんと!

現代の人々は自分の専門しかしらない。専門人間になれと言われて育つ。専門以外のことをすると「それはあなたの専門とどんな関係があるのですか」と説明を求められる。しかも論理的に。専門なら専門に突き進めばいいけれども、それ以外にも、多様で複合的で異分野縦断横断的な生き方・あり方というのもあっていいと思う。興味関心が多様であってもいいでないかと思う。そういった中から諸々が生まれる。多様性というのは、自分の中に多様性を作ること。世の中には奇人変人いろいろな人がいる。彼らと付き合い、彼らのおもしろエキスを受け入れて自分のものにしてしまう。自分と同質な人だけで連もうとするから、創造的な発展ができない。多様性の中にこそ創造的な未来があるのではないかと思う。

大隈銅像の左手の木々が数本あるその木陰には、高田早苗の銅像がある。高田早苗、會津八一。この2人が相対面して早稲田の中心にいるというわけである。このことをどう捉えるか。引き続き要考察。